機能と実体

2007/4/10


 毎日Googleのスタートページでニュースを見ていて、
その中に"科学・テクノロジー"というカテゴリーがある。

 その中に自分の興味を引く記事があることが多い。
読んでみて、これは保存しておく価値がありそうだな
と感じたものはスクラップしている。

 スクラップを始めてから2ヶ月くらいがたった。
けっこう記事がたまってきて読み返すのが楽しい。

 
 亡くなったおじいちゃんもよくスクラップをしていた
ことを思い出した。

 新聞を切り抜いて貼り付けてファイルに閉じていた。
かなりの量を保存していたと思う。

 今はパソコンを使えばクリックだけで
簡単に保存できるし、物理的なスペースも必要ない。

 

 高校生2年生のときの国語の授業で、
"現代は色々なものがその機能の部分だけを増大させてきた"
という評論文を扱ったことがある。

 なるほどな。なるほどなるほどなるほどな。と
とても納得したことを覚えている。

 ニュースの記事がネットで配信されたり、
電子マネーが浸透してきたりといったことも
当てはまると思う。

 その文章で"機能"に反して使われていた
言葉が"実体"である。
 これは非常に重要なことだと当時思った。

 情報を得るという機能の部分だけ見れば、
新聞が紙である必要は全くないだろう。

 でも、新聞がなくなったら寂しいと感じる人が
絶対にいると思う。

 自分は新聞を取っていないし、
きっとそういう人がどんどん増えていると思う。

 いつか今の新聞の"実体"がなくなって、
機能だけの世の中が来るかもしれない。

 新聞をめくったり切ったりすることが、
全てクリックになる時代。


 いますっげー語りあいたい気分。
頭の中にあるものを全て吐き出したい。

 人と直接会話することも実体と実体の
ぶつかり合いみたいなものだと感じる。
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  # by kota2007 | 2007-04-10 23:46

陸上競技

2007/4/9


 今年の8月に大阪で世界陸上が行われる。
自分は小中高とずっと陸上をやっていたので、
本当に楽しみにしている。

 さっきYouTubeで100mと入れて検索してみた。
水泳や陸上競技の100mの動画が出てくる。

 ときどきこうやって検索して、新しい動画がないか探している。
気になったやつを一つ見つけた。
 シドニーオリンピックの4×100mリレーの決勝のもの。

 アメリカのチームのアンカーが、
当時の世界最速最強のモーリス・グリーンだった。
 俺の中では今でもグリーンが世界最速最強である。

 リレーは加速した状態でバトンをもらって走り出すから、
そのスピード感がハンパじゃない。

 グリーンだったら100mを9秒フラットに近い
スピードで駆け抜けていると思う。

 久しぶりにグリーンの走りを見て正直びびった。
バカはえぇの一言しか思い浮かばない。

 
 自分と同じような世代で、陸上の短距離をやって
いた人はみんなグリーンに影響を受けていると思う。

 NHKでグリーンについて特集をやったことがあり、
それを録画して何度も見たし、
 陸上関係の仲間とはよくグリーンの話をした。

 走るのが速いのは当然である。
100mを9秒台で走るとかそういった記録に
憧れていたわけではない。

 力強いフォームとか、勝負強さとか、
そういった人間としての存在感がとっても大きかったと思う。

 スタート前に舌をぺろぺろしながら、体を左右に
大きく揺らしながらウロウロと歩いているときがすごい。
(これは超有名!)

 もうアドレナリンがビンビンに分泌されている状態である。
あれを見たら勝てる気なんて起こらないと思う。

 グリーン最高!最高!最高!
マジでかっこいい!ハンパねぇ!

 ここ数年グリーンは調子が悪いので寂しいけど、
今年は生で見ることができるからテンション上がりまくりである。

 
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  # by kota2007 | 2007-04-09 20:15

自分の目を通して見る

2007/4/8


 昨日は上野でレオナルド・ダ・ヴィンチの
「受胎告知」を見た。

 雑誌で30分くらい眺めていた時とは、
全く違う感覚があった。
 本物を目の前にしたときの迫力のようなものを感じた。

 もっとゆっくり見たいと思ったが、結構混んでいたので
おそらく3分くらいしか見ていないと思う。

 展示室はうす暗いので後ろのほうからは
はっきりと見ることができなかった。

 ここがベストポジションだ
と思うところに来たときは、人の動きにあわせて
流されてしまった。

 
 最近はつくづく視力が落ちたと思う。
それ以外のところはまだまだビンビンである。

 この前、大学の健康診断で視力検査をした。
右が0.4、左が1.5だった。

 このアンバランスはひどいと思った。
おばあちゃん本当にちゃんと見てくれたのかよ
と思った。

 そもそも視力というのは、
目の前にあるふたつの点を識別できるかどうか
だと以前本で読んだことがある。

 視力が0.4ならその逆数の2.5分離れたふたつの点を
識別できるということらしい。

 1分は1度の60分の1である。
非常のわかりにくくて、へぇっと思ってしまう。

 普段は両目でものをみるわけだから、
両目あわせてある程度見えれば問題はない。

 でもさすがにここまで左右差が激しいと少し心配になる。
右目でしか見えない部分だってあるし、
両目でみているときにどういう影響を与えているかもわからない。

 子供のころのように目が良かったら、
「受胎告知」も違ったように見えたかもしれない。

 
 眼鏡をかけろよとつっこんだあなたは正しい。
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  # by kota2007 | 2007-04-08 15:23

不思議な力

2007/4/7


 エセ科学で形態形成場理論というものがある。
内容はいくつかあるが、簡単にいうと
 「直接的な接触が無くても、ある人や物に起きたことが他の人や物に伝播する。」
というもの。

 自分が考えていたことや、関心を持っていることに
テレビや新聞などで出くわしたことはないだろうか。
 しかもかなりタイムリーにである。

 この仮説によれば同じことを考えている人が増えて、
ある一定の値を超えると、そのようなことが起こるらしい。
 その値を域値という。

 ルパート・シェルドレイクという人が唱えた仮説。
その人の著書があるのだがまだ読んでいない。
 「生命のニューサイエンス 形態形成場と行動の進化」というもの。

 いつどこからこの情報を得たのか思い出せないが、
最近、この本の名前と値段を書き留めたメモが出てきた。
 
 少しでも興味を持ったらそれに触れてみる。
それが人生を楽しく過ごすことにつながると信じている。
 だからいつか近いうちに必ず読もうと思う。

 いったいどんなことが書いてあるんだろうと思う。
常識的に考えてそんなことがあるわけがないと
いうのが普通だろう。

 どんな論理を展開しているのか、その部分が気になる。
おそらく数式などでは記述できないものだから、
 どうやって最もらしく書いているのか。

 読んでみたらがっかりするものかもしれない。
そんな気も結構する。それが正直なところだ。

 
 
 形態形成場理論とは違うが、少し似たような
感じのことを今日考えた。

 上野で偶然もじゃもじゃ頭の脳科学者を見かけた。
視界に入った瞬間にすぐにわかった。

 荷物がたくさん入ったリュックを背負って、
少し早足で歩いていた。

 茂木さんはいま自分を最も刺激してくれる人
の一人である。

 こういうことがあると、何か不思議な力が
働いているのかもしれないと思ってしまう。

 そういえば友達がサンプラザ中野を
見たと言っていたことを思い出した。
 
 カラオケでよくランナーを歌うので、
そのときも同じことを思った。

 科学や数式で表すことができないことも、
自然界にはたくさん存在する。
 またそういうものをいい加減とは言えないと思う。

 究極のところ自分が信じるかどうか
ということになるんだと思う。

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  # by kota2007 | 2007-04-07 23:13

思ったこと

2007/4/6



 最近は弟と過ごす時間が長くなっている。
一緒にご飯を食べたり、テレビを見たりしている。

 今日、一人でコンビニに行く途中にふと
思ったことがある。

 弟が産まれたときや、赤ちゃんの頃の
記憶が自分には殆どないことだ。

 弟が産まれたとき自分は3才だったから、
無理もないことかもしれない。

 強い印象を受けることは、覚えようとしなくても
自然と記憶に残ると思う。
 これは経験的に正しいだろう。

 ということは弟が産まれたことは、
3才の自分にとってたいしたことではなかった
ということになるのだろうか。

 きっと産まれた日は病院に行っただろうし、
その後も家で一緒に暮らしてきたはずである。

 
 
 本当に人間の記憶というやつは、
たいしたことないんだなと思った。

 生きている限り常に何かが起きているが、
それと同時にどんどん忘れていくものもある。

 記憶を強く定着させることは、ニューロンの結合を強くすることだと
もじゃもじゃ頭の脳科学者が言っていた。

 だから勉強するときは読んだり書いたり聞いたりして、
多くの情報を取り入れると忘れにくいらしい。

 

 覚えていることが一つある。
それはまだ弟が母親の中にいるときのことだ。

 自分は母親のお腹に耳をあてて動く音を
聞こうとしていた。
 何度か試したが結局聞こえなかったと思う。

 弟は産まれる前からこの世に存在していたし、
自分もそれをわかっていた。

 自分にとっては弟ができたということが、
とても印象が強かったのかもしれない。

 本当に人間は母親から産まれるんだという、
生命の神秘みたいなものに初めて触れた瞬間である。

 

 上野でレオナルド・ダ・ヴィンチ展をやっている。
その影響で色々なメディアがダ・ヴィンチについて
特集を組んでいる。

 おととい雑誌BRUTUSを買った。
「受胎告知」について書いてある。

 だから今日はこんな気持ちになっているのかも
しれないと思った。

 
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  # by kota2007 | 2007-04-06 20:09

自分の言葉

2007/4/5


 昨日ベッドに入って眠りにつくまでの間に、
言葉について考えてみた。

 言葉や文章の難しさについて本当に
よく考えるようになったと思う。

 うまく言葉にできない。
もう何度もというか、ほぼ毎日そんな感じである
ように思う。

 自分で思っていたり考えていることなのに、
言葉に表せない。

 人間の思考や感情は、言葉では表すことができない
ような、とても複雑なものを含んでいると思う。

 また自分の言語能力が足りないということも
あるだろう。

 そのあたりまで考えて気づいたことがある。

 自分の言葉を持つということである。

 いろんな情報源から見たり、聞いたりした
言葉を使うということはよくあると思う。

 共感したり感動したりして、
強い印象を受けるとその言葉を覚えたいと
思うのは当然だろう。

 でも、そうやってどんどん蓄積していった言葉は、
本当に自分の言葉としては定着していないと思う。

 自分で噛み砕いて、一度くちゃくちゃに解体して
みないとダメだと思う。

 きっと力のある言葉はそういったものなんだろうな
と思う。

 
 母親のお腹の中にいる頃から、
外の音は聞こえているんだから言葉も聞いている。
 産まれてからは視覚も使って言葉を覚える。

 その過程では言葉を真似ている
部分が多いと思う。

 自分の言葉を得るというのは
まだまだこれからなんだと思う。

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  # by kota2007 | 2007-04-05 11:31

表現すること

2007/4/4



 昨日はネタを書いてみました。
お笑いが好きなので、一度やってみたかったんです。

 いつもは何とも思いませんが、
昨日は更新するのが少し恥ずかしかったです。
 あんなものでも一応自分の作品です。

 
 小、中学生のころの図工や美術の
授業のことを思い出しました。

 絵を描くにしても何かを作るにしても、
作り始めるまでにすごく時間がかかっていました。

 どういうものにしようかとっても悩むわけです。
だから楽しさがあまり感じられませんでした。

 自分の作るものに自信がなかったり、
表現することが恥ずかしかったんだと思います。

 表現することって基本的に恥ずかしいもの
なんじゃないかと思いました。

 歌詞なんかもよくよく考えてみると、
そういうものに思えてきます。

 そう考えると見方が少し変わる気がします。

 一見して何を表しているのか
わからないようなものでも、
 それを作るにはとっても時間がかかっているし、
恥ずかしさみたいなものもあるかもしれません。

 今日は書きたいことがうまく書けない
もどかしさがあります。

 自分の考えほど言葉にするのは
難しいと感じます。

 

 
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  # by kota2007 | 2007-04-04 22:32

オチがあまい

2007/4/3



A「おい。起きろよ。とんでもねぇことやっちまった。」

B「・・・・・・・・・。」

A「起きろって!」

B「朝から何だよ。どうせよくあることだろ。とりあえずコップいっぱいの水を飲んで落ち着けよ。」

A「お前の足元見てみろ。」

B「靴下履いたまま寝ちまったか。だから背が低くなる夢をみたんだな。」

A「そこじゃねぇよ!足元に転がってるモノ見てみろって!」

B「うわっ!これってカーネルおじさんじゃん。お前何やってんだよ!」

A「しらねぇよ!いま必死に思いだそうとしてるんだよ。」

B「これじゃあ風邪ひいちゃうだろ!布団をかけてやろう。」

A「そういうことじゃねぇだろ!マネキンなんだから風邪ひかないだろ。ここにあることが問題だろ。」

B「あっそうか。カーネルおじさんって歩くんだな。」

A「マネキンが歩くわけねぇよ!」

B「・・・・・・・・・・。」

B「じゃあ走ってきたのか。」

A「何でおじさんが動くことしか考えねぇんだよ。そんなことあるかよ。」

B「だったらここはケンタッキーだって言うのかよ!」

A「それも違う!まだわかんねぇのか。俺達が酔っ払って連れてきたんだよ!」

B「なんだ。そんなことかよ。チキンが食べれると思ったのに。期待させてんじゃねぇよ!」

A「ふざけんなよ!真剣に考えろ!」

B「俺は本気でチキンが食いたいよ!」

A「・・・・・・。」

B「ごめん。嘘ついた。クリスピーも気になってたんだ。」

A「どんだけ鳥ずきなんだよ!このままじゃ俺達、窃盗罪で逮捕されるぞ!」

B「カーネルおじさんと一夜過ごして逮捕なんて超かっこ悪いな。面白いけど。」

A「全然面白くないって。何とかして返さないと。」

B「そうだな。とりあえずカーネルおじさんがいなくて困ってるだろうから、俺代わりに立ってるよ!」

A「お前その場で逮捕だよ。もっとまともなこと考えろよ。」

B「じゃあおじさんの中に入って、歩いてくってのは?」

A「ガッチガチで動けねぇよ!出来たとしても20メートルで逮捕されるわ!」

B「リスクを冒さなきゃ何も出来ないんだよ!」

A「そうかもしれないけど、お前にはリスクしかない!」

B「だったら車に積んで、近くの公園まで運んで電話ボックスから、もしもしカーネルおじさんですけど公園にいるから迎えに来てくださいって言うのかよ!つまらなすぎるだろ、そんなの。」

A「お前やればできるじゃんか。それでいくぞ!」

B「いやいや、これはつまらない人生を希望する人用だよ。俺はやっぱりガッチガチで行きてぇ!今日から俺はガチガチおじさんになる。」

A「どういう状況かわかってんのかよ!?何がガチガチおじさんだ!」

B「ガチおって呼んでいいよ。」

A「やかましいわ!意味わかんねぇこと言ってねぇで早く返しにいくぞ。」

B「しょうがない。わかったよ。但し俺のことはガチおと呼べよ。」

A「何とでも呼んでやるよ。じゃあさっそく運ぶぞ。」



B「おい。車に何か入ってるぞ。」

A「本当だ。あっ。これってサトちゃんだよな。」

B「ああ。サトちゃんだ。何でこんなところにあるんだ。」

A「うわぁっ!思い出した!昨日起きたらサトちゃんがあって、車に積んで返そうと思ってたんだよ。それで車に積んだら安心して飲みに行ったんだ。」

B「そうだそうだ。やっぱりよくあることだったろ。」



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  # by kota2007 | 2007-04-03 23:40

メモリ増設

2007/4/2



 パソコンのメモリを増設しました。
今までは256MBでしたが768MBにしました。
 3倍になりました。

 かなり早さが改善されました。
前はiTuneを起動していると、とんでもなく遅かったんですが
今はサクサクサクサク動きます。

 あまりの動作の遅さにイライラしてたんですが、
それに慣れていたので、いざ早くなってもこっちが対応できて
ない気がします。

 立場が逆転してしまったように感じます。
もった早くマウス動かして、早くクリックしろよ。
 こっちはメモリが増えて余裕なんだよ
みたいな感じです。

 
 パソコンは進化の早さが遅くなってきている気がします。
パソコンにはあまり詳しくないですが、
 ここ2~3年を見てみるとそんな気がします。

 遅いというか来るとこまで来たという感じです。
メモリとHDDの容量が増えたり、
テレビが見れるようになったりしたことがそれです。

 一般の消費者だとそんな感じがする人が
多いんじゃないでしょうか。
 俺はそんな気がしてならないんですが、
勘違いでしょうか。

 ハードとしての後の発展は量子コンピューター
に託されてるかと思います。


 

 今日、後楽園駅で見たことあるおっさんがいるな
と思ったら立花隆さんでした。
 何か難しいことを考えてそうな顔でした。

 完全に余談ですけどね。

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  # by kota2007 | 2007-04-02 23:48

4月1日

2007/4/1



 明日は研究室の院生や先生達と花見があるので、
天気を気にしています。

 昨日に引き続きlivedoorの情報を見ています。
ついつい気になって見てしまうおかしな指数。

 今日は傘は全く必要なく、ジーンズなどの厚手のものも
良く乾いて、セーターを着て夜はみんなで芋煮会な日らしいです。

 芋煮会って・・・・・・。

 

 何年も特に意識したことはないけど、
今日は頭に浮かんできました。

 4月1日といったらあの日です。
みんなで嘘をたくさん嘘をつく日です。

 日本では特になにかあるというわけではないですが、
海外では色々なことがあるようです。

 英語版のWikipediaにいろいろ載ってます。
Lists of April Fool hoaxesってところが面白いです。

 テレビや新聞なんかでもジョークをやるそうです。
新聞の話は聞いたことがあります。

 内容もちゃんと作られていて、本当か嘘かは
簡単にはわからないくらいだそうです。
 もちろん嘘か本当かは明かされません。

 人間のDNAの二重らせん構造を発見したという論文は、
4月2日に発表されたらしいです。

 エイプリルフールを意識していたかどうかはわかりません。
おそらく少し気にしていたんではないかと思います。
 外国ではそれほど文化として定着しています。

 日本もやってみたら面白いと思います。
新聞とってないからわかりませんが、
もしかしたらあるかもしれません。
 
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  # by kota2007 | 2007-04-01 10:31

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